【リリカリリス】【謝謝】これから楽曲解説をしていくことの解説【松本一輝です】【あやま・あやま】

おはようございます。皆さん、このドメイン内では初めましてですよね?松本一輝と申します。まあこのサイト経由で今こちらに到達されていると思われるのでご存知かと思いますが、リリカリリスというバンドでギターを弾いております。他にも編曲とかミックスとかマスタリングとか、、、その他諸々を担当することが多いですね。僕の三日坊主がこの先も治り続けていれば、比較的頻繁にここら辺のURLで見かけることになると思われます。以後よろしくお願いします。

いや本当はシームレスな導入方法として「なんでここにいんの」とか「どんなことすんの」とか色々書いて文字数を稼いでいきたいと思うのですが、如何せん、タイトルに”楽曲解説”って、もうやることそのものが書いてあるやん。

というか解説する楽曲、自分のバンドの曲なんですよね。・・・ぶっちゃけ、自分のバンドの楽曲の解説記事ってどうなんだろうなという気持ちが少なからずあるのですが。どうなんでしょうか皆さん。音楽なのに言葉で語ってしまうこと、そこのところどうなんでしょうか皆さん?

かの芥川龍之介の作品である『侏儒の言葉』でも、芸術とはこのように定義されております。

---芸術の鑑賞は芸術家自身と鑑賞家との協力である。云わば鑑賞家は一つの作品を課題に彼自身の創作を試みるのにすぎない。

はい、これは芥川賞にも輝いた又吉さんの作品、『火花』の文庫本版のあとがきに引用されていた言葉ですね。感銘を受けたのは同じだからいいのです。

引用して何が言いたいのかというと、少なくとも自身で作品を説明してしまうことによって、鑑賞家に与えられた余白というものが少なくなってしまう、ということです。

作品に対するイメージが、説明すればするほど限定されていき、協力の余地がなくなってきてしまう。仕事とかなんでも出来すぎちゃう人の部下が育たないのも似たようなところがあるかもしれません。落書きは、余白があるからできるのです。いや、もう書けば書くほど音楽の説明ってしない方がいい気がしてくるな・・・。

ですが、リリカリリスの作詞作曲は、実質ギターボーカルのべたくみ(べたくみって人じゃないよ!)がほぼ全てを担っていて、僕がやっていることは主に編曲、そしてレコーディング及びミックスマスタリングと役割分担されております。

それって、どちらかといえば主観ではなく客観からのアプローチなのでは?噛み砕くと、編曲とかミックスについての解説なら、余白をあまり削らずに、そして自分のバンドのことだけど割とフラットに見れて実践的な解説が出来るんじゃないか?というわけです。理想を言えば鑑賞家にとっても、色ぬりがしやすくなるような枠組みを書いていきたいと思っております。

つまり
曲を解説する
→音楽やってる人の役に立つ
→世の中の役に立つ
→音楽家のレベルがあがってお金が増える
→お金が増えるとみんなハッピー

といったわけだ!!!!やばいこれ、天才すぎる、天才すぎるぞ、お金持ちになれる。いや、もはやすでにお金持ちになっているのでは?あれ、それって、楽曲解説する必要なくね????

 

 

真理にたどり着き、お金持ちになって解説繋がりで解脱(げだつ)してしまった僕です。

 

・・・うん、脱線しまくりで収集全然つかないですが、書きますよ、これから。ちゃんとやります。

 

 

 

ちゃんとやるので、地図上だと小さく見えるけど、実質旭川と函館までの距離は東京大阪間とほぼ同じっていうのと同じぐらい大き目に見る感じでお願いします。というかこの時めっちゃバッテリーないな。

みなさんにとっての衍義(えんぎ)となれば幸いです。これから、細々とよろしくお願いいたします。

 





歌詞